働くこととお金、そしてコミュニティについて考えていること

ここ数か月の間に、衝撃的な出会いが2つありました。

その出会いを通して、働くことと、その対価としてのお金ということについて考えが揺さぶられています。今も揺さぶられている最中で、コミュニティということについても考え始めました。着地点は見えていませんが、私にとってすごく大切なことだと感じているので、書いてみることにしました。

 

その1、ちばわんのボランティアさん(https://chibawan.net/

今、我が家にいるピアは、千葉県の沿岸で保護されて愛護センターに収容されました。

そこからちばわんのスタッフの方が引き出しをし、さらにまた別のスタッフの方が飼い主が見つかるまで家で一緒に暮らしていたと伺いました。

正式に飼い主になるまでに、メールのやり取りがあり、一度お見合いがあり、1か月間のトライアル期間がありました。

お見合いの時には、ピアをうちまで車で運んでくださり、私達の不安を聞いて必要なことを説明してくださいました。そこから一旦はピアを連れて帰り、私達の受け入れ準備(脱走防止のゲートや名前入りの首輪など)ができたところで、またうちまで来てくださり、トライアルと正式譲渡までの説明をとても丁寧にしてくださいました。

2回とも我が家での滞在時間はきっかり1時間で、必要なことをすべて確認し伝えてくださり、杏奈と二人で、ものすごいプロフェッショナルな方だったねと驚きました。

そのスタッフの方は、常に2匹の犬を預かっていて、譲渡が決まると、また次の犬を預かるとのことでした。

こういった活動を無償で続けている方々がいるということに心底びっくりし、少し世界観が変わった感覚さえありました。(ちばわんさんの収支はHPで公開されています)

 

その2、Bamboo Village Farmの竹村さん(Bamboo Village Farm

先日、杏奈の小学校の同級生の竹村さんとお話する機会がありました。

竹村さんは出身地の町田市で無農薬、有機の農業に取り組んでいる方です。

話の最後に「これから収穫に行くけど、来てみる?」と言われ、「行く!行きたい!」と2つ返事で農園にお邪魔してきました。

農園には従業員ではないボランティアの方があちこちにいて、自立していろいろと作業をしていました。(苗を植える、竹村さんが伝えた内容のものを収穫するなど)

他県から手伝うために毎週やってくる方もいて、年間延べ2000名の方がボランティアとして働いているとのこと!!!!

杏奈と私は使い物になりませんでしたが、一応収穫のお手伝いをさせてもらい、帰りには量り売りで野菜を買い、夕飯にはすっごく美味しい蒸し野菜を食べられました。(のらぼう菜を初めて食べました)

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竹村さんの農園の一つ

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収穫した菜の花

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その夜の夕飯



竹村さんは、土づくり、種の植え付け、苗作り、収穫、販売先との交渉、配送、補助金の申請などをすべて一人でやってきて、最近従業員を雇えるようになったとのこと。作業がすっごく多岐にわたっていて、この作業を1年中1人でやってきたの?!とびっくりしました。ボランティアの方がいなかったら仕事はとても回らないとのことでした。

無償で延べ2000人もの人が働いている竹村さんの農園は、まさに1つのコミュニティ。ボランティアに来ていた方にお話を聞いたところ、そこに集まるモチベーションはそれぞれだけれど、有機農業に興味があったり、町田で有機野菜を作っているその場を存続させたい気持ちがあったり(あんまり大変なので竹村さんは農業を辞めることを何度も考えたことがあるそうです)、竹村さんを応援したいという人もいるとのことでした。

またも、すっごく大切なことに触れているような感覚があり、心がざわざわとしました。その場で、野菜の定期購入のお願いをして、帰ってきました。(野菜販売は口コミでのみ対応しているとのことでした)

 

その3、私の場合

私はLGBTQの活動を始めたときに、このことで承認欲求を満たすようになったり、お金を稼ぐようになったりすると、何かを見失う可能性があるかもしれないと自分に対して感じました。私は医師かつLGBTQ当事者として活動しているので、生活のための収入は医師としての仕事から得て、LGBTQに関することで手元に入ったお金はすべて寄付する、またはLGBTQに関することに使うことに決めました。その結果、お金をたくさんいただいても、逆に無償でも、自分がやるべきだと感じてることに集中して取り組めるようになりました(弱い人間なのです)。今は、一般社団法人にじいろドクターズという法人を仲間と立ち上げることができたので、基本的にLGBTQに関する活動の報酬は法人に入り、お金のことは気にせずに働いています。

 

その一方で、LGBTQの活動家の方達と関わるようになった時に、かなり多くの人が手弁当で活動していて、しかもそういった負担が一部の人に集中していて、これは持続可能でないと感じたのも事実です。講演会で当事者としてお話するのであれば、その時間と労力に対する対価がきちんと払われるようにしていきたいと強く感じ、自分が企画する際にはそのようなシステムにするよう努めています。

 

また、寄付やボランティアに頼らずに、持続可能な形にするために利益も生み出しつつ社会貢献をするという社会起業家(socia-enterprenuer)の若者たちの映画 ザ・ニュー・ブリード|cinemo を見て、活動を長く続けたり、広めていくには、利益を生み出すことも重要だとも感じました。

 

ちばわんさんや、竹村さんとの出会いにより、働くことをお金とを常に結びつけてしまうと、見失ってしまうことがあるのだと知りました。

農業などが身近にあったり、地域のコミュニティが密なところでは当たり前のことかもしれませんが、都会育ちで、近所との付き合いが希薄だった私には、かなりのインパクトがあった出来事です。

 

自分の”お金”のためではなく、コミュニティや社会のための仕事をしていくことで、資本主義社会によって失われたコミュニティの力を取り戻し、エンパワーメントして、そして社会のスティグマを壊していく、そんな方向でいろんな人と一緒に協働して何かできないか、できることがあるんじゃないか、最近は頭の中がずっとグルグルしています。

 

LGBTQのことも、環境問題のことも、SDH(健康の社会的決定要因、https://yoshidayoyo.hatenablog.com/entry/2022/01/06/085105を参照)のことも、メンタルヘルスことも、このことと関係があって、一つずつじゃなくて、絡み合っているところで、できることがあるような気がしている、そんな感じなのです。

 

漠然としていますが、そんなわけで、働くこととお金のこと。そして、コミュニティのこと。

 

結論はなーんにも出ていませんが、オープンマインドでいろんなことに取り組んで、いろんな人と関わっていきたいと思います。

 

 

 

 

パートナーとの対話 ~散歩で喧嘩の巻~

怖がりのミックス犬ピアは、すこーしずつ人に慣れてきました。夜11時頃の町が静かになった頃を狙って公園に向かいます。

冬の間は、雨が降っている寒い夜は、散歩に行く準備を始めるのに気合いが要りました。桜が咲きあたたかくなってきましたが、大雨の日はやっぱり家を出るのが億劫に感じることがあります。

仕事で疲れて帰ってきたある晩、

「あ~あ、雨か~、今日は散歩はやめて明日にしてもいいんじゃない?出かけるの面倒だな~」と杏奈に言ったところ、

「え?散歩が面倒なの?いいよ、そしたら私1人で行く。」

と、目を合わせてももらえず、ものっすごく冷たい反応が返ってきました。

まさか1人で行くという展開になるとは思っていなかったので、「いやいや、もちろん一緒に行くよ」と焦って準備をして散歩に行きました。

 

散歩中の杏奈はとっても機嫌が悪く、このままではまずいと思い、帰ってきてから散歩についてお互い思っていることを話し合う時間をもちました。

 

杏奈はどんなに寒い日でも、雨が降っていても、「散歩しないとピアが可哀そうだから、散歩が面倒だと思ったことは一度もない。だって行くしかないじゃん」と話してくれました。

 

正直なところ、杏奈もすごく寒い日には面倒だなと感じている思い込んでいたので、一度もそう思ったことがないことに、超!びっくりしました。

「疲れていたり、雨だったりすると、私は散歩が面倒だな~と思っているのが本当のところ。ピアもまだ散歩がそんなに好きそうじゃないから、今日はやめて次の日でいいやと思うこともあった。面倒だと思わないようになるのは難しいかもしれない。でも、面倒だと思っていても散歩に行くようにする。」と伝えました。

 

逆に杏奈は面倒だと思っていること自体がショックだったようで、「面倒だって言われてもいいことが1つもないから、そう思ってても口に出さないで」と言われ、分かったと伝えました。

 

杏奈をがっかりさせてしまったところがあるかもしれませんが、私としては早い段階でこの違いを知ることができてよかったなと思いました。思い返してみると、確かに杏奈はどんなに疲れていても、迷うことなくピアを散歩に連れていっていました。私はリビングのソファーに寝そべって、今日はお願いと言って散歩に行くピアと杏奈を見送ったこともあります。(疲れていないときは、率先して散歩に行くときもあります、、、念のための追記です)

 

私は、根がぐうたらなので、たぶん何年経っても杏奈のようにはなれなさそうですが、行動を変えることはできるので、時に面倒と思うことがあっても毎日散歩に行く飼い主を目指そうと思っています。

 

ところで、今はこんな話合いができるようになった私達ですが、付き合い始めた頃はこうはいきませんでした。

杏奈は、ポジティブではない自分の気持ちを表現するのがとっても苦手で、最初のうちは”急にものすごく不機嫌になる”という形で感情を表現していました。

何が原因で不機嫌になっているのかを聞いても話してくれず、1週間くらい経ってから「実はあの時・・・・」とやっと話をしてくれ、その1週間はお互い辛いという感じでした。

少しずつ、感情をそのまま伝えても大丈夫なんだということを言葉と実際の態度で伝えて練習をしました。

「こう言われたのが嫌で、こう感じた」と伝えてくれた時には、全身で「言ってくれてありがとう~~!」ということを伝え、ネガティブなことを言っても、2人の関係性は悪くなることはなく、むしろ逆によくなるのだと2人で経験していきました。

 

今では、1日に1、2回くらいはもっとこうして欲しいと言ってもらえるようになりました。(言ってもらっても改善は追いついていません・・・)

 

偉そうに書きましたが、私も、自分にとって大切なことほど、何か傷つくようなことがあると、杏奈が相手であっても、すぐにその場では言えないことがあります。(むしろ杏奈が相手だからこそ、なかなか言い出せないという時もあります)でも、そういうことのわだかまりは残ることも知っているので、時間がかかってしまってもなるべく伝えるように努力をしています。

 

違いを知ると、びっくりしたり、ちょっとがっかりしたりすることもあるし、だからこそ伝えるのは時に簡単ではないのですが、パートナーであっても人と自分とが違うってのは当たり前のことで、その違いを知って、尊重しあえるような関係を育てていきたいなと思っています。

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今日も昼寝をするピア

 

 

 

 

信仰とセクシュアリティ

『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』という書籍が刊行されました。私のインタビューも掲載いただいています。

今日は、信仰とセクシュアリティ、ということについて書いてみたいと思います。(長いです)

 

LGBTQと医療をテーマとした、講演や執筆でたくさんお仕事をいただくようになりましたが、これまで断り続けていたのがキリスト教関連の講演・執筆でした。

教会でかなり強いトラウマのような経験があり、クリスチャンの前でセクシュアリティのついて話をすることを想像すると、足がすくむような気持ちになり、その役割は果たせないと思ってきました。

『LGBTとキリスト教 20人のストーリー』は、セクシュアリティと信仰について一番悩んでいた時に、話を聞いていただき希望をみせてくださった牧師の平良愛香先生が監修されるとのことで、思い切ってインタビューをお受けました。

自分の葛藤を文字にしていただいたことで、私の恐怖の壁は少し崩れました。

 

私は25歳の時にプロテスタントの教会で洗礼を受けました。

教会に通い始めた時に、当時付き合っていた女性のパートナーと別れました。何故なら、同性愛者でありつつ、教会に通うことはできないと思っていたからです。

そう思ったのには理由があります。

幼稚園、中高とミッション系の学校に通っていたので、信仰をもたないときから教会に通うことには慣れていました。そして、教会の説教で時折、「同性愛は不道徳だ」といった話を耳にしていました。「最近はゲイであることを公表しながら牧師を名乗る人もいてけしからん」といった話も聞いたことがあります。

自分が同性も好きになると気付いてから、こういった話を教会で耳にすると、ああ私は教会でも受け入れてもらえない存在なのだなぁと感じ、そこに座っていることに恐怖を感じて背筋が冷たくなっていました。

 

でも、同時に、私の周囲にいるクリスチャンの友達たちの、芯が通っていて揺るぎなくまた温かい姿に、憧れを抱いていました。

 

ある時、私はこのままではダメだ!と強く思う出来事があり、それから教会に通うようになりました。自分は変わる必要があると感じていて教会に通いたいことを、当時のパートナーに話をして、教会では同性愛は認められないと説明し、別れることになりました。事情を知っていた彼女は、「頑張れよ」と送り出してくれました。

 

当時は信仰を強く求めていたので、自分は生涯パートナーを得ることは諦めようと思っていました。しかし、そうはいきませんでした。数年後に心ひかれる人が現れて、付き合うようになり、非常に強い葛藤を抱くようになります。数年の間、自分のセクシュアリティはひた隠しにして、深い罪をおかしながら、周囲の人をだましているような気分で教会に通っていました。

 

そして、葛藤がいよいよ深くなり、精神的に不安定になってきた時に、教会の先輩に思い切ってセクシュアリティのことを相談しました。結果、「清く生まれ変わって欲しい」と泣いて祈られました。”同性愛者の愛はすべて偽りであり、アルコール依存症の人にとっての酒のようなものである”といったことがずーっと書かれている書籍を渡され、これを読むといいよと言われたり、「ゲイであることをやめて自分はハッピーになった」と公言している牧師の話を聞きにいこうと誘われたりしました。

 

でも、直観的に分かっていることがありました。

 

”私は同性愛者であることをやめることはできない。それは選択できるようなことではない。私はそのように生まれたのだ。”

 

悩みに悩んで、それはとうに気付いていたことでした。クリスチャンである限り、同性愛者であることは深い罪であり、私はそこを抜け出すことができない。

信仰にとても熱心だった当時、これはとてもキツイことでした。

変わりようのないことを罪だとされる。人を好きになっても、その気持ちを一生抑え続けなければいけない、誰かと親密なパートナーシップを築くことを禁じられている。

 

当時の私の導いた結論は、私は死ぬしかないのかもしれない、とうことでした。

 

その後、うつ病を患うことになりました。

 

しかし、私を支えてくれたのも、クリスチャンの人たちでした。

 

逃げ出すように助けを求めて、平良愛香先生が牧師をつとめていた教会にこっそり足を運んだことが何度かありました。ある日の夕拝(夕方に行われる日曜の礼拝)では、出席した10名弱くらいの人が全員LGBTQであることを明かしていて、その人達と一緒に祈った時に、こんなに安心できる場所があるのかと驚き、涙が止まりませんでした。

 

そして平良先生が日本一リベラルと表現された孫裕久先生が牧師をつとめる戸出教会を紹介いただき、元々通っていた教会からは逃げ出し、戸出教会に通い始めました。

 

孫先生は、ある時の日曜礼拝の説教でこんなお話をされました。(記憶に頼って書いているので、記述が正確でないかもしれません)

”僕は同性愛を神様が禁じているとは思っていない。そんなことはないとは思っているが、万が一に神様が同性愛を罪だとおっしゃるとしても、戸出教会に集う私達の役割はここにその人を受け入れ、もし石を投げる人がいたならば、代わりになって石を投げられることです。目の前の悩める1人の人を助けることと、教会という組織の教義とが一致しないならば、ぼくは教義を破ってでも1人の人を助けることを選ぶ牧師でありたい。”

 

この説教を聞いて、本当に驚きました。

それは、まさに、「信仰と、希望と、愛、この3つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(コリントの信徒への手紙1, 13章13節)という聖句そのものでした。

 

私は信仰という刀により深く深く傷ついていましたが、孫先生は牧師という立場でありながら、信仰よりも愛が大切であるとうことを体現して見せてくださいました。

 

その後、教会に通うこと自体がきつくなってしまい、今は在宅クリスチャン(造語です)ですが、平良先生や孫先生がいなかったら、もっともっと回復に時間がかかっていたと思います。

 

うつ病になってから、およそ7年ほどカウンセリングに通いました。

 

そして、今は自分はこのままでOK。神様は私をあえてこういう風につくったのだと信じることができるようになり、自分はバイセクシュアルかつクリスチャンだと胸を張って言えるようになりました。

 

また同性愛者を異性愛者に”治そう”とする治療はコンバージョン・セラピーと呼ばれていて、その王道が既に述べたような「同性愛は酒のようなものだ」というカウンセリング療法だということも学びました。今ではコンバージョン・セラピーは科学的な根拠がなく、有害事象(うつや自殺企図など)が増えると報告されていることを知り、自分に起こっていたことは、西欧ではかつて多くの人が強制されていたことであったと知り、その経験は講演などで役に立っています。

 

あの時、死ななくて本当によかった。

 

そして、私がLGBTQと医療についての学びを医学教育に広めたいと思えるようになった道のりには、とても温かくサポートしてくださるクリスチャンの医師の先生が2名いらっしゃいます。クリスチャンということは、出会った当時は知らず、後から知りました。

 

長くなりましたが、これが私の信仰とセクシュアリティの歴史です。

 

信仰をもった当初は、自分の強味を活かして信仰者として生きていくぞ!くらいに思っていましたが、実際には自分が最も弱みだと思っていたセクシュアリティが活かされています。泣きながら何度も祈った「なんで神様あなたは、私をこのようにつくられたのですか?」という問いには、思いがけない形の答えが用意されていました。

 

この投稿を読んで傷つく知り合いの方がいたらごめんなさい。私はまだ以前通っていた教会の人と怖くて会うことができていませんし、そんな弱さをいつか克服できる日がくるようにと、祈ることさえまだできません。それが私の現時点での到達点です。いつか笑って話せたらいいな。

 

神様がこれから私をどこに連れていかれるかは分かりませんが、私がたとえ離れようと思っても、見捨てることなく見ていてくださって、そして用いてくださることに感謝して、これからの道のりを歩んでいきたいと思います。

 

最後になりましたが、書籍のインタビューに声をかけてくださった市川真紀さんに感謝いたします。

ぷちゴミ屋敷で育ち、片付けができるようになるまで

先日、父が家で倒れて動けなくなっており、救急車で病院に搬送されて緊急入院するという事態があり、バタバタしていました。入院中の様子から、退院後は元通りの生活とはいかないだろうと予想され、父が帰るまでに父の家を整理しておく必要が生じました。

 

父の家は、カオス状態で、片付けるというのは大変な作業なのです。

私の育った実家は、足の踏み場がなく、ちょっとしたゴミ屋敷のような家でした。父も母も、そして育ての親である祖母もみーーんな片付けが苦手で、いつもとっちらかっていて、物を踏まずに歩けるような床はほとんどありませんでした。

庭の植物も誰も手入れをしなかったので、ちょっとしたジャングルみたいな雰囲気が漂っていました。子どもの時にスイカを庭で食べ、種をぷっと庭の土の上に吹いたところ、ある日庭にスイカがなって転がっていて驚いたことがありました。庭にスイカがなっていても、誰も気付かない、そんな家でした。

 

私も片付けはとても苦手で、小学校の成績表は「身の回りを整理整頓できる」の項目はいつも「もう少し頑張りましょう」という最低評価をもらっていました。

何故か姉だけは整理整頓が得意で、中学生になり1人部屋をゲットすると、姉の部屋だけピカーンといつも綺麗で、姉の部屋と自分の部屋を見比べて「片付けができないって遺伝だけじゃないんだな。でも私はどうにも片付けは苦手だ」と思っていました。

 

そんな私も、今ではある程度は整理整頓して、床に物が落ちていない暮らしを実現しています。ここに至るには多くの人からの教えが必須でした。

トキメキで片付けを教えてくれるコンマリさんの本は続編も含めもちろん読んだし、断捨離の本も何冊か読みました。

でも一番の師は、一緒に暮らした人たちでした。18歳で大学に入って一人暮らしを始めてから、付き合っている人と一緒に住んだり、友達たちとルームシェアをしたりして、これまで家族以外の合計10人の人と生活をしたことがあります。ゴミ屋敷でしか暮らしたことがなくても、”物をしまう場所を決めてそこに戻す”といった基本のキを一緒に住んでいる人から教えてもらい、少しずつそういったことができるようになりました。

 

一緒に住んだ友達だけでなく、一般常識が欠けていた私に、多くの友人達が生活に関する基本を教えてくれました。同じ服ばかり着ているのを見かねて、一日かけて洋服屋を回って、服を選んでくれた友人も何人かいます。食事の時のマナーを教えてくれた友人もいます。愛情を与えてくれるという点以外(これが一番大切なことのようにも思いますが)、親としての役割を果たすのが難しい父に育てられた私にとって、そうした学びは他に代えがたいものでした。

今思い返すと、一緒に住んでくれた人たちは気付かないうちに、たくさんの家事をやっていてくれたのだろうと思います。本当にありがとう。

 

そんな風に、段々と片付けを身につけてきた私ですが、杏奈さんはちょっと別次元にいます。杏奈は片づけが得意で、引っ越しの際に物を段ボールに詰めるバイトをしたことがあるそうです。(私は片付けが苦手なので、引っ越しの際に物を詰める人に来てもらったことが何度かあります。)

コンマリさんのNetflixを見ていたら、「そんなの見たって無駄!」と言われ、確かに杏奈みたいな人はこういう番組を見る必要ないよな~と思い、コンマリさんの番組は杏奈がいないときにこっそり見るようにしています。(片付けが苦手な人が、努力して少しずつ変わっていく様子に私は感動するのです)

 

一緒に住みだしてから、家のあちこちの棚がびっくりするくらいきれいに整理整頓されました。父の家も、私1人では2か月くらいかかりそうなレベルまで2-3日で大分整理してくれました。

 

あんまり片付けが上手で、魔法みたいに部屋がみるみるキレイになっていくので、「そうだ!今度のブログは”魔法使いの杏奈”ってタイトルで片付けのことを書こう」と言ったら、「あのね、これは魔法じゃないの。魔法みたいに呪文唱えればきれいなったらそりゃいいよ。でも、そういうことじゃなくて、コツコツ地道に片づけてここまできれいになったの。片付けってのは地道な作業なの!」と怒られました。

 

コツコツ地道に片付けをできるってのは、すっごい才能で、私にとってはやっぱり杏奈は魔法使いです。

 

魔法ではなく努力で片付いた家に、父が無事に帰ってこれるよう願いながら、今日も掃除を続けます。

 

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ピアと夜中に海辺近くの公園で散歩しています

 

ペットボトルチャレンジ、失敗。

2022年は「チャレンジ」と名付けて、環境への負担をなるべくかけない生活を目指し、杏奈と二人でいくつかの挑戦をしています。どれもあんまりストイックにやると疲れて長続きしなそうなので、「できるか分からないけどひとまず挑戦してみよう!」くらいの気合いで取り組んでいます。

 

その1つが「ペットボトルチャレンジ」。ペットボトル製品を一切買わない、という試みです。出掛ける時には水筒を持ち歩き、職場にも小さな水筒を持参して、クリニックで外来診療をする時、長めの会議の時にも水筒を持っていくようにしています。

 

2月までは順調に1本もペットボトルを購入しないで過ごせていました。これは、もしかして1年頑張れるのではないか?!・・・と思い始めていた3月に、断念することとなりました。

 

断念したきっかけは・・・・みたらし団子。

 

月に1日は何も仕事をしない日と決めて、ゆっくり過ごすようにしているのですが、コロナ禍は人混みを避け、散歩に行くようになりました。

3月のお休みの日は朝から近所に散歩に出かけました。短時間の散歩の予定で、飲み食いする予定はなかったのですが、思いがけないところに行列のできている団子屋を発見。迷わずにみたらし団子を購入しました。

そしたら、ちょうどいいところにベンチが・・・・。天気は晴天。周囲に人はおらず!

 

こんな状況で、このベンチに座って団子を食べないわけにはいかない・・・・そして、みたらし団子を食べるにはお茶が必須・・・・。

 

手を震わせながら(嘘です)、自動販売機でペットボトル入りのお茶を購入しました。

みたらし団子はおいしくて、お茶も美味しくて、とっても幸せなひと時でした。

 

ペットボトルを1本も買わない、というチャレンジは失敗に終わりましたが、引き続き2022年のペットボトルチャレンジを「ペットボトルの2本目は買わない」に目標変更して続けます。

ペットボトルを買ってはいけない、とするとやる気が出ないのですが、買わないチャレンジだ!と思うとやる気が出るので、面白いなぁと思っています。

 

その日はお昼を食べに家に帰り、午後も散策に出かけました。

味噌の量り売りをしているお店を発見し、早速購入してみました。ビニール袋1枚は発生してしまいますが、プラの容器が不要なので、今後はここで味噌を買おうと思います。

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いくつもの味噌の樽が並んでいます

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味噌は樽の中にこんな風に入っています

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プラゴミはビニール袋1枚だけ



また、梅園にも寄りました。

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梅園にて

この日はピアの深夜の散歩も含め2万3千歩歩きました。食べ物を買った以外には梅園の入場料1人100円のみの支出で、リーズナブルかつ楽しい一日でした。

 

ピアちゃんは、順調にノーズワークに取り組んでいます。

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ノーズワークの前のマテをしているピア

 

 

ケアの方針の違い、後に反省

2022年4月頃に企画・編集に携わっている書籍『医療者のためのLGBTQ講座』(南山堂)が出版予定で、その大詰め作業で大忙しの毎日を送っています。

たくさんの方に執筆いただけたことで、すごくいい書籍ができそうで、とても楽しみです。

 

そんな中、ピアのケアについて悩み事がありました。

爪切り!!! です。

どんどん前足の爪が伸び、そろそろ切る必要があると感じていました。

 

何に関しても怖がりなピアの爪を切るだなんて、とってもハードルが高い!

そう思っているうちに、爪は日に日に伸びていきます。

 

またもYouTubeで杏奈と私でお互い勉強した結果、以下のように方針が分かれました。

 

杏奈の意見:爪切りはずっと必要なケア。無理やりやると、ピアとの関係性が壊れるからエサを使って爪切りの器具や、足を触られることに慣れさせて、怖くない形で爪切りをできるようにした方がいい。(エサで爪切りに慣れさせる動画で学習)

 

私の意見:爪はどんどん伸びている。すでに怪我をしそうで危ない。爪切りに慣らさせるには時間がかかるに違いないので、一回ぎゅっと押えて、パパっと切っちゃった方がいいのではないか。(爪切りをする際の犬の押さえ方について動画で学習)

 

話し合った結果、まずは杏奈が爪切りに慣れさせるトレーニングをすると宣言し、2日間こまめにトレーニングをしました。

step1、爪切りで爪に触って逃げなければおやつをあげる。

step2、足を掴んで逃げなければおやつをあげる。

step3、足を掴んで爪切りで触って逃げなければおやつをあげる。

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step1の爪切りで爪を触ってオヤツをあげているところ

そんな地道なトレーニングを積んだ結果、何と3日目に、ピアは逃げることなく爪を切ることができました!!杏奈はトレーニングは熱心にやってくれたものの爪を切る勇気はなく、一番おいしい爪を切る役は私がやらせてもらいました。

 

ただ、爪を切っただけなのですが、怖がりのピアが大人しく爪を切らせてくれたということで、2人で感動しました。

 

そして、私はピアの成長を信じずに、強引な方法をとろうとしたことを反省しました。嫌なことを無理やりやるより、楽しい(美味しい)って思えるやり方を探すって、とっても大事だよな~と実感しました。

 

お散歩はまだまだ難しいですが、ピアは日々成長しています。明け方の散歩も、夜10時~11時に行ける公園が見つかり、私達も以前よりは落ち着いた生活を送れています。

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日向ぼっこするピア

愛情深い杏奈さんは、フェルトを使ってノーズワーク(おやつを隠しておいて、匂いを嗅いで探し当てさせるゲーム)用の自家製おもちゃを作ってくれました。

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手作りノーズワーク用おもちゃ

ピアの成長を見ていると、私も自分の仕事を頑張ろうと思います。

ブログもゆるりと更新していきますので、お付き合いいただけると嬉しいです。

ピアちゃん、正式譲渡になりました

我が家に1か月トライアルで来ていた保護犬のピアが、正式譲渡となりました。

さて、ピアは相変わらずお散歩には行けず、窓から子どもの声が聞こえてくるだけでも、足がガクガクと震えて怯えています。できることについて情報収集をして、いくつか試してみています。

 

①早朝散歩

杏奈も私も仕事がない日は朝3時に起き、車で近隣にある大きい公園に行き、夜中に散歩をしています。朝4時半頃までは人がいないため、ピアは尻尾を上げて歩き回ったり、走ったり楽しそうにしています。早朝散歩に連れていけるのは、頑張って週2回で

すが、少しでも運動できる機会が得られたことでだいぶ安心しました。

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朝4時の散歩

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散歩から帰ってきてぐっすり眠るピア

運動不足の40歳代のおばさんにとっては、まだ寒い朝4時に全速力で走るのは危険行為なので、準備運動をしてからいく必要があります。

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朝からダッシュして3700歩!!

②お座りして、目を合わせてくれたらエサをあげるトレーニン

数あるYouTubeの犬関連の動画を視聴してみた結果、「犬愛倶楽部」という番組が、様々なトレーニングについて理論も説明してくれ、とても分かりやすく、杏奈と二人でよく視聴しています。

その中で、犬のしつけの基本として、「飼い主に対して意識を向ける=アテンション」のトレーニングが解説されている動画があり、まずこれを1か月やってみよう!とトレーニングを開始しました。

www.youtube.com

 

家の中では、一緒に歩いて飼い主が止まったら、ピアも止まってこちらを見る、というところまで、ほぼ完ぺきにできるようになりました。

今度は玄関で座って目があったらオヤツをあげるというところから練習しています。やはり物音がすると怯えて足が震えるのですが、こちらに集中できると、足の震えが止まるので、このトレーニングを繰り返していくことで恐怖心は少し薄れるのではないかと期待しています。

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杏奈と目を合わせるピア

③家のベランダでエサを食べる

窓を開けて音がすると怯えるため、外の音に慣れることを目指し、ベランダでエサを食べる練習を始めました。

 

お散歩への道のりはまだまだ先が長そうですが、ピアと色んなトレーニングをして、関係性を深め、楽しく安心して過ごせるよう、いい飼い主を目指して杏奈と二人三脚で楽しみたいと思います。

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ピアとリラックス